2026.12.13(日)
開催まであと

JALホノルルマラソンヒストリー

1973年に、心臓病専門医の「心臓病のリハビリと予防のためには、LSD(長距離をゆっくり走る)でフルマラソンを走るのが良い」という考えに基づき始められたホノルルマラソン。今までの歴史をご紹介します。

1973

第1回

12月16日に第1回大会開催。心臓病の予防とリハビリのためにはランニングが有効である、という考えのもとに開催されていたマラソンクリニックをきっかけに第1回ホノルルマラソン大会が開催された。
コースはアロハタワーを6:30にスタート、ハワイカイで折返しカピオラニ公園でフィニッシュ。

エントリー数:162人(内日本人:0人)

1976

第4回

日本人ランナーが初めて参加。

エントリー数:1,670人(内日本人:1人)

1977

第5回

日本からの「ホノルルマラソンツアー」開始。
日本人最多出場のフォークシンガー高石ともやさんがこの年初めて参加。

エントリー数:3,500人(内日本人:120人)

1978

第6回

この年よりスタート時間が30分早まり、6時00分になった。

エントリー数:7,204人(内日本人:200人)

1979

第7回

TBSラジオで初めてホノルルマラソン参加者募集活動を実施。リスナー50人が参加、大会当日カピオラニ公園から実況生放送。

エントリー数:8,500人(内日本人:500人)

1980

第8回

ホノルルマラソン日本事務局設立。
この年から車椅子部門が開始(前週の日曜日)された。

エントリー数:8,419人(内日本人:650人)

1981

第9回

姉妹レース「三浦国際市民マラソン大会」創設。
ホノルルマラソンのTV特別番組のオンエア開始。

エントリー数:7,270人(内日本人:977人)

1982

第10回

第10回大会でエントリー者が1万人突破。日本人も1500人が参加。

エントリー数:12,275人(内日本人:1,500人)

1984

第12回

この年より車椅子部門は大会前日の土曜日に開催。

エントリー数:10,653人(内日本人:1,867人)

1985

第13回

この年、日本企業としてはじめて日本航空がホノルルマラソンに協賛。以降現在に至るまで大会のサポートを続けている。

<著名人ランナー>郷ひろみ

エントリー数:9,310人(内日本人:2,361人)

1986

第14回

この年より、サブイベントとして現在の10Kラン&ウオークに繫がる“メイヤーズウォーク”を併催。
ホノルルマラソンのスタート地点(アロハタワー)から、カピオラニ公園までの約6.7kmをホノルル市長とともに歩くというイベント。

<著名人ランナー>とんねるず(石橋貴明、木梨憲武)、間寛平

エントリー数:10,354人(内日本人:3,553人)

1988

第16回

スタート時間が6時00分から5時30分に変更。

<著名人ランナー>シブガキ隊(本木雅弘、布川敏和、薬丸裕英)

エントリー数:10,205人(内日本人:5,094人)

1991

第19回

日本人のエントリーが初めて1万人を突破。
日米開戦50周年関係式典が開催されるため、大会開催日を第3日曜日に延期。

<著名人ランナー>上岡龍太郎、西村知美、谷沢健一(野球解説者)

エントリー数:14,605人(内日本人:10,236人)

1992

第20回

第20回大会ではエントリー数が3万人を突破。
この年より、新コースに変更しスタート地点がアロハタワーからアラモアナ公園に。
車椅子部門が同日開催。メイヤーズウォークが10kmとなった。

<著名人ランナー>トミーズ雅(トミーズ)、吉田栄作、田尾安志(野球解説者)

エントリー数:30,905人(内日本人:18,286人)

1995

第23回

トータルのエントリー数と日本人エントリー数が過去最多を記録。
この年よりスタート時間が、現在と同じ5時00分になった。

<著名人ランナー>ギリギリガールズ

エントリー数:34,434人(内日本人:21,717人)

1996

第24回

日本事務局でのエントリーの受付を開始。

<著名人ランナー>奥野史子、谷川真理

エントリー数:30,864人(内日本人:18,285人)

1997

第25回

25回大会を記念して現在の「イエロー・ハイビスカス」のロゴを採用。

<著名人ランナー>月亭八方、太平サブロー、西川のりお

エントリー数:33,682人(内日本人:17,952人)

2000

第28回

チップによる計測システムを導入。それによりスタートの安全性の向上や、正確なタイム計測を実現。

<著名人ランナー>長谷川理恵、赤井英和、高野進、井岡弘樹

エントリー数:26,465人(内日本人:14,282人)

2002

第30回

Mayor’s Walkを「Race Day Walk」に改称。
兵庫県立飾磨工業高校が修学旅行でホノルルマラソンに参加。186人全員が完走。

<著名人ランナー>永井大、真鍋かをり、宮川大助・花子、FUJIWARA(藤本敏史、原西孝幸)、片山右京

エントリー数:30,428人(内日本人:17,266人)

2003

第31回

早川英里さんが日本人初の女子優勝者となる(完走タイム:2:31:57)。

<著名人ランナー>山田優、押切もえ、テンダラー(白川悟実、浜本広晃)

エントリー数:25,283人(内日本人:15,149人)

2007

第35回

大会始まって以来の豪雨に見舞われ、計測システムの電源消失により、タイム計測に障害が発生。ボランティアをはじめとする関係者の昼夜に渡るビデオ映像照合確認作業により完走タイムを確認・完走証を発行。

<著名人ランナー>たむらけんじ、竹原慎二

エントリー数:27,829人(内日本人:17,057人)

2012

第40回

ホノルルマラソン協会が主催する「ホノルルハーフマラソン・ハパルア」の第1回大会を3月11日(日)に開催(翌年より4月開催に)。ホノルルマラソンと同じく制限時間がない。ハパルアとはハワイ語で半分という意味。
エントリー数:2,814人〔ハーフマラソン:2,695人、リレー:119人〕(内日本人:200人)。

<著名人ランナー>鳥越俊太郎、太田雄貴

エントリー数:31,106人(内日本人:16,296人)

2016

第44回

大会前日の土曜日朝に開催するファンランイベント「カラカウア メリーマイル(約1.6km)」を開始。

<著名人ランナー>栗城史多(登山家)、松田丈志(元競泳選手)

エントリー数:28,675人(内日本人:11,087人)

2017

第45回

Race Day Walkから「10K ラン&ウォーク(英語名:Start to Park 10K)」に改称。正式にホノルルマラソンの種目となりタイム計測を開始。
女子大会新記録達成 ブリジット・コスゲイ(ケニア) 2:22:15

<著名人ランナー>綾小路翔(氣志團)、浅田真央、宇野実彩子(AAA)、高梨臨、萬田久子、東貴博

エントリー数:26,369人(内日本人:11,785人)

2019

第47回

男子大会新記録達成 タイタス・エキル(ケニア) 2:07:59

エントリー数:23,844人(内日本人:11,381人)

2020

第48回

新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響によりホノルル現地でのリアル大会が中止。
バーチャルランニングイベント「ホノルルマラソン・バーチャル・ビーチフェス」を初開催。日本人約5,000人を含む、約16,000人が参加。

2021

第49回

2年ぶりのリアル大会を実施。ナンバーカードの受取りにはワクチン接種証明、もしくは48時間以内のPCR検査陰性証明の提示を必須。

エイドステーションの約半数を今までの手渡しから、ランナー自身がマイカップで水を汲むセルフサービスに変更。また、完走メダル、完走Tシャツをボランティアによる配布から、ランナー自身がピックアップする形式に変更するなど、安心・安全な大会を目指し、新しい形式を導入した。

コロナ禍においてホノルルマラソンが、安全性を担保しつつ開催されたことに対し、社会活動の再開のシンボルとして地元で高く評価された。この年ホノルルマラソン協会のジムバラハル会長が、大会を通じ、日米はじめ諸外国との国際交流に多大な貢献をした功績を顕彰され、日本国外務大臣表彰を受けた。

エントリー数:11,385人(内日本人:413人)
出走数:6,463人(内日本人:117人)

2022

第50回

ホノルルマラソン50回記念大会

※本ページは2022年のホノルルマラソン大会開催50回記念企画特設サイトより情報を転載しています。


ホノルルマラソン完走者だけに与えられる栄誉。1973年から昨年2021年大会までのすべてのフィニッシャーTシャツをご紹介します。